Crystal Blog

ガラスは西洋のもの、というイメージがあると思います。しかし日本にはガラスがカルチャーとして根付いた街、地域というのもたくさんあります。この記事ではそんな街を紹介してみましょう。

■富山市

富山といえば、どんなことを思い浮かべるでしょうか。
黒部ダムや黒部峡谷といった、雄大な自然をパッと考える人が多いかもしれません。グルメだとやはり日本海の海の幸を使った料理の数々。お酒を愛する人は、絶品の地酒のことを考えるかもしれませんね。

ちなみに筆者のむかしの知り合いは、「今度、富山に行くんです」と嬉しそうに話してくれたことがありました。ドラえもんが大好きだった彼、お目当ては「藤子・F・不二雄 ふるさとギャラリー」とのこと。ドラえもんの生みの親、藤子・F・不二雄先生が富山県の出身で、高岡市にそのギャラリーがあるというのを、その時はじめて知った次第です。

富山県の県庁所在地は富山市。その紹介として、「くすりの街」というのが真っ先にありました。そうそう、富山といえばやっぱりお薬でした。
それは実際の数字も示していて、人口当たりの医薬品の生産額、製造所数、その従業者数は全国で1位とのこと(平成23年)。こうした数字の裏付けをみると、なるほどと納得です。

もしかすると富山とあまり関りがない若い人は、「富山が薬っていうイメージはわかないなあ」と言うかもしれません。今は地上波のテレビではほとんど放送しなくなりましたが、むかしは結構な数で時代劇が放送されていまして、そこにちょくちょく「富山の薬売り」というのが登場していたのです。だからある年齢以上の人は、言われてみると「ああそうだ、富山は薬だ」と考えるのです。

実のところも私も言われてみると、の口です。社会に出た頃に会社の事務所に薬箱が置いてあって、そこに時々、補充をする人が来ていました。
ある時それを見送った事務の人が私に、「あの人はねえ、富山から来ているのよ」と教えてくれたのです。その事務所は関西でしたから、「どうしてわざわざ富山から来てるんですか?」と聞き直すと、「ほら、『富山の薬売り』って言うでしょう。富山は薬屋さんが多いの」と答えてくれました。
その時に筆者も時代劇の「富山の薬売り」が、現代の街と結びついた次第です。

さて、富山は「くすりの街」として自らを紹介するとともに、「ガラスの街」でもあるとしています。長々と富山の薬売りについて書いてきましたが、これはガラスとも深い関りがあるからです。

今でこそ薬の容器はプラスチックが主流ですが、昔はガラス瓶でした。ですから多くの薬が製造、販売されていた富山にはガラス瓶の工場がたくさんあったというわけです。
なおプラスチックが多く出回るようになったというのもありますが、太平洋戦争の空襲により工場が焼かれてしまった、ということも薬の容器がプラスチックに変わっていった大きな理由です。
しかし工場は無くなってしまっても、かつてはガラス職人さんたちが多くいたわけで、その素地は残っていました。そこに着目した富山市が後押しし、「ガラスの街とやま」の機運が盛り上がっていったというわけです。
その象徴となっている施設が、「富山市ガラス美術館」です。開館は平成27年。富山市がガラス文化の後押しをはじめたのが昭和60年からと言いますから、ながい年月をかけて街の文化として定着していったことになります。
富山のガラス文化の発信には見るだけでなく、触ったり体験したりという施設も用意されています。それが「富山ガラス工房」です。
体験では、世界に一つだけのオリジナルガラスが作れるコースも用意されています。

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駆け足で、ガラスのまち富山市を紹介しました。
最後にふれた富山ガラス工房はオリジナルのガラスを自分で作れるということですが、私たちは名入れや特注でオリジナルギフトの製作を承っています。身近に記念として置くクリスタルガラス製品を、ぜひご検討ください。
 
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