Crystal Blog

散歩道にお寺があって、そこのベンチに腰をおろして、しばらく休ませてもらいます。境内にはいくつか座れる場所があるのですが、ありがたいことにそのお寺は、軒先も少し解放してくれています。特にそこの一角は涼しい風が吹いてきて、たいそう気持ちがいい。夏の暑い日は、ここで涼むことが散歩の中での一番の楽しみと言ってもいいほどです。

軒先で座る浴衣の女性

ここから目に映る景色は、このお寺の墓地です。眺めていると、祖母とお墓参りをしていた遠い日々を思い出します。そしてお墓は今も変わらずこの形だな、とも思うのです。メディアではいろいろと様変わりしていると言いますが、お墓参りに来ている人たちの姿を含め、昔のまんまです。

墓地

ただ今のお墓の形ができたのは、それほど古い頃ではないみたいです。古くはないとはいっても江戸時代ですが、日本の長い歴史を考えると、案外あたらしいと思えるのです。そういえば古代からは、当時のお墓とされる古墳が残されています。それを考えると、お墓の形、考え方が変わった時代があったんだな、というのがわかりますね。
江戸時代にできた今につづくお墓の形の大きな流れが、墓石や卒塔婆(そとうば)を置くということです。お墓といえば多くの人が墓石の姿を連想するでしょう。墓石は武士から一般の人たちに広まったのだと言います。

古塔碑

墓石そのものが日本に登場するのはもっと古く、平安時代には供養のための墓石が多数みられるようになったとのこと。この頃は海外との交流が多く持たれ、その大きなものとして仏教伝来、それに伴い石を加工する技術も流れこんできたのだとか。こうした海外との交流により、石を使った供養塔が多く見られるようになったのですね。
なお神話の時代にも、「古事記」に千引石(ちびきいわ)という記述があり、これが墓石の起源だとする説もあるようです。千引石とはあの世とこの世をさえぎる巨大な石ですが、こうした境目となる使われ方をされていることから、墓石とつながるのですね。こうしたことから、墓石のような考え方は日本にもともとあって、海外からの技術によりそれが実際に使える、洗練された形になっていったのかもしれません。

千引岩 黄泉比良坂(よもつひらさか)

お位牌はというと、これに関しては諸説あり一定しません。
海外から伝わってきたという説では、中国の儒教の影響が強いとされます。あるいは禅宗とともに伝わったという説もあります。一方で、日本の神道がもともとの起源ともされています。
歴史学的には、現在確認できるものとしては鎌倉時代の記録がもっとも古く、室町の頃に一般的に広がっていったという流れです。この時代から位牌そのものの形は現在に近く、イメージが大きく重なるものになっています。

一方で現代は個性豊かなお位牌の人気も高まっていて、たとえば和のテイストを残しつつモダンな雰囲気を加えたもの。おしゃれなもの、かわいらしいもの、印象的なデザインを施したものなど、従来からのイメージとかけ離れたものもたくさん出ています。
私たちが扱っているクリスタル位牌は、素材そのものを木からクリスタルガラスに変えたものです。クリスタルガラスのお位牌そのものについては認知も高まっていて、さまざまな種類が出ています。これにどういった彫刻を施し故人を供養するか。ご興味がある方は、ぜひご相談ください。

 
クリスタル位牌【KH-4A-uvs】
クリスタル位牌KH-4A-uvs

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